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貸借対照表の分析

はじめに

ここでは、貸借対照表を分析する上でのポイント、分析上の注意点について述べます。企業によって重視すべき点が異なるため、ここで書かれている内容で網羅できるわけではありませんが、株式投資を行う上で必須と思われる事項に絞って説明します。

なお、財務諸表は1年分のデータのみを分析してもあまり意味がないため、複数年分(理想的には、過去10年分)の財務諸表を確認することを前提に話を進めます。

また、ここで述べる内容は、あくまでも「株式投資をするための財務諸表分析」として位置付けていますので、貸借対照表自体の説明は簡単に触れる程度に留めています。

財務諸表の詳しい見方や企業価値評価の方法をより深く学びたい方は、こちらにおすすめの書籍を紹介していますので、ぜひ参考にしてみて下さい。

1.貸借対照表とは何か

貸借対照表とは、特定の日付における企業の財務状況を数字で表したものです。具体的には、貸借対照表日として記載された日(決算日)に企業が所有している資産、つまり、資金をどのような形で所有しているかと言う資金の運用形態と、その資産を所有するための資金をどのように集めたのかと言う資金の調達源泉を表した財務諸表の事を言います。

貸借対照表は、企業の決算日の資産の状況について作られた記録であり、資産、負債、純資産という3つの部分から構成されます。そして、資産の合計はいつも負債と純資産の合計に一致している(資産 = 負債 + 純資産)ため、絶えずバランスが取れていると言う意味で、バランスシートと呼ばれます。

図 貸借対照表のイメージ

企業が競合企業との競争に勝ち続けるには、限りある経営資源をどのように組み合わせて保有し、活用するのかが大きな課題となります。貸借対照表に示されるのは、そのような課題に対する企業の一時点での方針の結果であり、企業が事業に対してどのような仕組みを作り上げているのかを表していると言えます。

そして、貸借対照表の主要な項目について、その金額の大きさ、あるいは金額の推移を確認する事で、企業がどの経営資源を重視しているのか、また、どういう方向に変化しようとしているのかを読み取る事が出来ます。

分析をする上での注意点としては、貸借対照表には代表的な経営資源であるヒト、モノ、カネ、情報、ノウハウやブランドのうち、モノとカネの状況しか表れないと言う事です。ヒト、情報、ノウハウやブランドと言った数値化出来ない資産、つまり無形の資産については、ほとんど、もしくは全く表れません。

しかし、モノとカネは誰が持っていても同じ価値であり、それ自体が価値を生むわけではありません。価値を生むのは、モノとカネを有効に使える能力を有したヒトであり、これまでの事業活動を通して培ったノウハウやブランドです。

そういう意味で、投資家にとって重要な事は、貸借対照表の分析を通して数字では表れない企業の本来の価値である無形資産(のれん)を如何に評価するかと言う事であり、企業にとって重要な事は、有形の資産を有効に使って如何に価値を高めるか、つまり、のれんの創出力を如何に高めるかと言う事になります。

なお、企業の価値であるのれんの創出力は、財務比率ではPBR(株価純資産倍率)として表す事が出来ます。これについては、財務分析(分析の流れ)で詳しく説明していますので、合わせて確認してみて下さい。

また、貸借対照表に示される財務状況は、その前日や翌日の財務状況とは異なる可能性があります。例えば、貸借対照表を作成した日の前日に災害があったり、借入金の一括返済をしたり、あるいは土地の売却を行ったりすることにより、資産や負債の金額に大きな変動がある事も考えられます。そのため、貸借対照表を1年分だけ確認してその会社の財務状況を判断する事は危険であり、数年分(出来れば10年分程度)にわたる資産と負債の金額の推移を見なければ、その企業の正しい財務状況や資金繰りを知ることは困難と言えます。

以降の説明では、株式投資をする上で必要となる貸借対照表の分析について、そのポイント及び注意点について述べます。

2.望ましい貸借対照表とは

企業の保有するモノやカネを効率よく使ってリターンを上げていくためには、モノやカネについての仕組みが表れている貸借対照表は、必要以上に大きくせず、むしろスリム化を目指すことが理想的と言えます。

以前は、現金を大量に保有している企業が安全かつ優良な企業であると考えられていましたが、グローバル化による競争環境の変化や、外国人投資家の台頭等により、日本企業においても効率的な経営が求められるようになっています。

それに伴い、余剰キャッシュを大量に貯め込んでいる企業に対する評価も変化してきています。安全面を重視し過ぎる事は効率面から課題があると株主が考えるようになっており、積極的に投資を行ってより大きなキャッシュフローを生み出す努力をするか、そうでなければ、配当や自社株買いによって株主に還元する事が求められてきています。

こうした背景から、これからは「持たない経営」、つまり「モノ」をなるべく持たないスリムな貸借対照表を目指す事が求められ、同時に、スリムな貸借対照表で最大のキャッシュフローあるいは利益生み出していく「効率的かつ効果的な経営」を行う事が求められます。

そして、こうした要求に応えられる企業こそが、モノ言う株主を満足させ、大きな価値を生み出し続ける事が出来る真に実力のある企業であると考えられます。

これまでの内容を図で示すと、以下のようになります。

図 目指すべき貸借対照表

(出典:企業分析シナリオ[第2版] 東洋経済新報社、2006.10 著者:西村茂(一部編集))

図 安全な貸借対照表

(出典:企業分析シナリオ[第2版] 東洋経済新報社、2006.10 著者:西村茂(一部編集))

1つ目の図で示すとおり、流動資産と流動負債からなる運転資本は可能な範囲で圧縮して「仕入れ→販売→代金の回収」と言うサイクルを早く回す仕組みを構築しつつ、必要な投資は積極的に行って株主価値を向上させる事が求められます。

それと同時に、下の図で示すように、全体としてはスリム化を目指しながら、貸借対照表の左側に示される資産の部では流動性の高い資産の割合を高める事で安全性を確保し、右側に示される負債と純資産では、支払期限が早い流動負債は圧縮しつつ、資本金や利益剰余金の蓄積である純資産は大きくしていく事が理想的と言えるでしょう。

こうした方向性で企業がモノ、カネの使い方を常にコントロールする事で、長期的には、効率的かつ効果的な経営が可能になり、それが高い収益力と言う形で損益計算書やキャッシュフロー計算書に現れてきます。

3.貸借対照表で見るべき6つのポイント

ポイント1 各種比率を使って短期・長期両面での支払い能力を確認する

企業は、日々の事業活動の中で商品やサービスを販売・購入し、それに伴い代金の支払いと回収を繰り返しています。そして、企業間の取引は金額が大きくなるため、代金の支払い・回収は通常掛け取引で行われます。

例えば、ある企業が仕入先Aから商品を購入し、その支払いを3ヶ月以内に行う契約がなされたとします。そして、その仕入れた商品を取引先Bに掛けで販売し、その販売代金の回収が4ヶ月後になるとします。そうすると、3ヶ月以内に仕入代金をA社に支払う必要があるにもかかわらず、B社からの代金の回収は4ヶ月後であるため、A社への支払いに充てる資金は別のところから賄わなければならなくなります。

通常は、これまでに何度も繰り返し取引をしているため、A社への代金の支払いは、以前の別の取引によって回収した代金から行われますが、代金の回収がうまくいっていないような場合は、日々の事業活動において必要となるこうした資金に窮する事になります。このような場合、短期の支払い能力が不足していると言えます。

また、企業は、日々の事業活動に伴う代金の支払いの他にも、借入金による利息の支払いや元本の返済もする必要があります。企業が事業を展開するためには設備投資を行う必要がありますが、この金額は膨大になるため、通常は銀行等から借入れを行う事で資金を調達します。

これは、長期的な返済計画に基づいて行われることが一般的であるため、多くは貸借対照表の「固定負債」の中に「長期借入金(あるいは社債)」と言う科目で記載されます。この長期的な返済を滞りなく行う能力が、長期の支払い能力になります。

このように、企業は短期・長期の両面において支払い能力が高くなければ、今後も安定して事業を展開する事が難しくなります。支払い能力が十分でないと、不測の事態に陥った際に借入金や利息を返済する事が出来ず、最悪の場合、倒産します。

将来が不安な企業に投資をしないためにも、貸借対照表を使って企業の短期・長期両面での支払い能力を確認しておく必要があります。

支払い能力を確認する代表的な比率としては、以下の4つが挙げられます。

  1. 流動比率:流動資産額と流動負債額を比較し、短期的な支払い能力を確認する。一般に、150~200%程度あれば健全と考えられる。
  2. 当座比率:流動資産から現金化出来ない可能性のある棚卸資産等を除き、その残額と流動負債額を比較する事で、流動比率よりも厳密に短期的な支払い能力を確認する。一般に、100%程度あれば健全と考えられる。
  3. 固定比率:主に長期保有を目的として購入される固定資産が、返済の必要がない純資産で賄えているかを見る事で長期的な支払い能力を確認する。一般に100~150%程度以下であれば健全と考えられる。
  4. 固定長期適合率:主に長期保有を目的として購入される固定資産が、返済の必要がない純資産と、すぐには返済期限が到来しない固定負債の合計額で賄えているかを見る事で、固定比率よりも厳密に長期的な支払い能力を確認する。この比率は、100%以下である事が必須

後でも述べますが、企業が倒産するのは、赤字を出した時ではなく借入金(利息)を期日までに返済出来なかった時です。

株式投資では、将来力強く成長し、それに伴って株価も上昇する企業を探し出す事が最も重要ですが、それと同じくらい重要なのが、企業の財務面での安全性を確認しておく事です。これを怠り、いくつかの代表的な財務比率(PERやROE等)のみを確認して安易に投資先を選んでしまうと、今後の成長が期待出来る企業に投資をするどころか、下手をすると、実は倒産の危機にある企業に投資をしてしまった、と言った事にもなりかねません。

企業の安全性を詳細に確認するには、上で挙げた比率分析の他にも、売上債権や棚卸資産の回転期間から本業の状況を分析したり、日々の事業活動において必要となるキャッシュを毎年安定して生み出せているかをキャッシュフロー計算書からチェックしたりと、確認すべき項目は多岐にわたります。

しかし、ざっくりとした財務の健全性を見ると言う意味では、先に挙げた4つの財務比率を確認しておけば問題ないと考えられます。少なくとも過去10年程度の期間における各比率を算出し、短期・長期の両面から見て財務が健全であるかどうかを確認するようにしましょう。なお、各種比率については、財務分析(安全性の分析)で詳細に説明していますので、合わせて確認してみて下さい。

ポイント2 自己資本比率は必ず確認する

自己資本比率とは、全資産に占める自己資本(純資産)の割合のことで、以下の式で算出されます。

自己資本比率は、企業の財務面での安全性を測る代表的な比率であり、一般に40%程度以上であれば健全と言われます。しかし、業界によって平均的な自己資本比率は大きく異なるため、一概には言えません。

例えば、大規模な設備投資を必要とする設備投資型の企業では、借入れによって資金を調達する事が多いため自己資本比率は低くなる傾向があり、ほとんど設備投資を必要としないIT企業やサービス業では高くなる傾向があります。

そのため、自己資本比率の数値だけを見て投資先としての善し悪しを判断する事は出来ませんが、それでも、投資を検討する上でこの比率の確認は欠かせません。自己資本比率は高いに越した事はなく、個人的には70%程度以上である事を目安としています。

詳しくは財務分析(安全性の分析)で述べていますが、結局、何か問題が生じた時や経済危機が訪れた時に頼りになるのはキャッシュであるため、自己資金が潤沢であるに越した事はないと言うのが大きな理由です(ただし、必要以上にキャッシュを貯め込んでいるのは効率面で問題があります)。

また、自己資本比率が高いと言うのは、財務面での安全性が高い事に加え、その企業の収益力が高い可能性がある事も示唆しています。

自己資本は一般的に、企業が生み出した最終的な利益である税引後当期純利益から、配当や自社株買いによって株主に還元した分を除いた金額を内部留保する事で毎年大きくなっていきます。つまり、自己資本比率が高いと言う事は、内部留保された利益である利益剰余金が大きく積み重なった結果であると考える事も出来ます。

成長ステージにある企業は借入れの割合が大きくなりますが、その中でも収益力の高い企業は、早ければ数年間で借入れを全て返済し、なおかつ自己資本を大きくしていきます。そして、この経緯が貸借対照表に表れています。

このような企業をもし見つける事が出来れば、投資先として有望である可能性が高いかもしれません。

ポイント3 売上債権回転期間と棚卸資産回転期間で本業の状況を確認する

売上債権と棚卸資産の回転期間が伸びていると、本業の状況があまり良くない可能性が高いと言えます。

売上債権回転期間とは、売上債権が売上高の何日分あるのか、つまり、売上債権を何日後に回収しているのかを表す財務比率で、以下の式で算出します。

また、棚卸資産回転期間とは、棚卸資産、つまり在庫が売上原価の何日分あるのか、つまり、何日分の在庫を所有しているのかを表す財務比率であり、以下の式で算出します。

なお、これらの財務比率については財務分析(効率性の分析)で詳しく説明していますので、ここでは算出式を示すのみに留め、説明は省略します。

さて、先述のとおり、これら2つの回転期間が伸びていると、本業の状況があまり良くないかもしれません。

例えば、事業が順調な場合には、余裕をもって優良顧客に絞って商品やサービスを販売していくことも出来るので、不良債権は発生しません。また、代金の回収条件についても、ある程度こちらの条件に合わせてもらえる可能性も高くなります。したがって、事業が順調な場合は売上債権回転期間は短くなる傾向があると言えます。

また、棚卸資産についても、売れ行きが良いと棚卸資産が不足気味になるため、その回転期間も短くなってきます。一方で、販売不振になってくると、販売部門もノルマ達成等のために無理をして押し込み販売等をするケースが多くなります。

そうすると、売上高は伸びても回収はなかなか進まなくなってしまうため、売上債権回転期間は徐々に長くなってきます。さらに、棚卸資産回転期間についても、棚卸資産が売れ残るため徐々に長くなってきます。

売上高や利益は、押し込み販売等の無理な販売をすれば一時的に増やす事が出来ます。そのため、損益計算書だけでは、商品やサービスの実際の売れ行きがなかなか分かりにくい場合もあります。一方で、その無理なしわ寄せが、売上債権の回収がなかなか進まない、あるいは棚卸資産が増加すると言った形で貸借対照表に表れているケースが多いのです。

このように、損益計算書と貸借対照表の間の関連性を表す売上債権回転期間と棚卸資産回転期間は、商品やサービスの本当の売れ行きを分析すると言う面からも非常に重要です。

貸借対照表や損益計算書、キャッシュフロー計算書は、それぞれが独立していると同時に、繋がっています。貸借対照表のみから得られる情報もたくさんありますが、損益計算書やキャッシュフロー計算書との関連性を考えながら確認する事で、企業をより深く分析する事が出来ます。

ポイント4 社債・長期借入金が多すぎないか確認する

社債・長期借入金は、直近の税引後当期純利益の2~3倍程度まで、つまり、全ての借入金を2~3年で返済できる程度までに抑えられている事が望ましいと言えます。

社債・長期借入金は、貸借対照表の固定負債のところに記載されます。企業によっては、流動負債のところに記載される「1年以内返済予定の長期借入金」も含みます。

自己資本比率が高くても、社債や借入金が多すぎると、安全性が高いとは言えません。

理由は大きく分けて以下の2つです。

  1. 有利子負債が多いと、その分利息の支払額も大きくなり、毎年の利益を圧迫する
  2. 大不況の訪れや、一時的な業績不振等に直面した時、利息を払えずに倒産する可能性がある

ある程度借金をしてレバレッジをきかせることにより、自己資本だけでは出来ないような大規模な投資や新規事業への参入が可能になると言ったメリットも考えられますが、上記の理由から、社債や借入れによる資金の調達は、あまり大規模に行わない方が良いでしょう。

また、これらの他にも、

  1. 自己資金と借入金の最適なバランス(最適資本構成)を知ることは困難である
  2. 未曽有の大不況が訪れた際、頼りになるのはいつの時代でも現金である

といった理由から、社債や借入金はやはり少ないに越した事はありません。

企業が倒産するのは、赤字を出した時ではなく、借入金(利息)を期日までに返済できなかった時です。不況が訪れた場合、それが長期化すれば、企業の収益は悪化するにも関わらず、借入金や利息の支払いはきっちりと行わなければなりません。

そうした事を考えると、必要な資金はなるべく過去の蓄積である自己資本から賄える事が望ましいと言えます。

ポイント5 1株当たり純資産(BPS)は着実に増えているか確認する

次に見るべきポイントは、貸借対照表の純資産の部です。

純資産の部では、大きく分けて以下の4つが示されています。

  1. 株主資本(資本金、資本剰余金、利益剰余金、自己株式等)
  2. 評価・換算差額等(連結貸借対照表では「その他の包括利益累計額」と表示)
  3. 新株予約権
  4. 非支配株主持分(連結貸借対照表のみ表示)

このうち、2.~3.は企業を分析する上ではあまり重要ではありません。

純資産の部を見る上で重要なのは1.株主資本の中の「利益剰余金」が毎年着実に増えているかと言う事です。

企業は、毎年の事業活動を通して稼ぎ出した利益を、一部は株主への還元に充て、残りを内部留保として蓄積します。そして、将来の成長のための設備更新や新規事業への参入、M&Aによる他企業の買収等のための資金として活用します。

つまり、純資産の部に示される利益剰余金は、企業の過去から現在に至るまでの事業活動の成果であると同時に、将来の成長のための源泉でもあると言う事になります。

そのため、内部留保を積み増せない企業、つまり、1株当たり純資産(BPS)を成長させる事が出来ない企業は、長期的に見て大きく成長する可能性は低いと言えます。

もちろん、社債の発行や借入れによって資金を調達する事も可能ですが、これらはいずれも利息を支払う必要があり、元本も返済しなければなりません。それよりも、過去の蓄積である利益剰余金から必要な資金のほとんど、あるいは全てを賄える方が良いに決まっています。

企業の内部留保を確認する上で注意すべき点は、以下の3つです。

①ただ蓄積し続けているだけでは意味がない

株主への還元もせず、成長のための投資にも使用せず、ただひたすら現金を貯め込んでいるだけでは、余剰キャッシュが増え続けているだけなので、このような場合は投資先としてはあまり有望ではないかもしれません。もちろん、内部留保を積み増せる実力を持っているのは間違いないのでそこを評価すると言う判断もありますが、将来の成長と言う観点からはあまり期待出来ないと考えられます。

②利益剰余金が順調に増えていても、それ以上のペースで発行済株式総数が増えていればBPSは減少する

利益剰余金が大きく成長していても、それ以上に発行済株式総数が増えていると、1株当たりの純資産としては大きくなりません。パイの大きさが2倍になっても、そのパイを分け合う人が3倍に増えてしまえば、一人当たりの取り分は減ってしまうのと同じです。これは、1株当たり純利益(EPS)でも同じです。大切なのは、資産も利益も、1株当たりの金額を大きくすると言う事です。

理想的なケースとしては、自社株買い等を行う事で発行済株式総数を減らしつつも、利益剰余金は安定して成長しているようなケースです。

③利益剰余金がほとんどなくても、優秀な企業もある

上の内容と矛盾しますが、利益剰余金がほとんどなくても問題ないケースがあります。

それは、成長のために大きな資金を必要としない企業が、利益剰余金の多くを株主に還元してしまったようなケースです。

このような場合、いざという時のためのキャッシュがほとんどない事を意味するため、その企業の収益力は極めて高い事が条件になります。しかし、そのような企業を見極めるのは難しいため、個人的には、BPSが安定して増えている企業に投資する事をおすすめします。

企業の純資産を分析する際は、BPSが安定して成長しているかと言う事を、上記3つの注意点を踏まえて確認すると良いでしょう。

ポイント6 無駄な投資に資金を投じていないかを確認する

ポイント5で述べたとおり、毎年の利益を積み増すのは、なにも現金をただ蓄積するためではありません。それだと、大量の現金が眠ったままになってしまうため、有効活用しているとは言えません。

本来、企業の蓄積した利益は全て株主のものであるため、企業が有効活用せずに利益を寝かせておくくらいなら、株主に返還するべきです。株主がその利益を運用した方が、はるかに利益を上げられるからです。

では、なぜ企業は利益を大量に蓄積するのかと言えば、それは

  1. 投資のチャンスが巡ってきた時に、大きく勝負に出るための資金を蓄えている
  2. 不況や業績不振に陥った場合に備えて、現金を残している

の2つが挙げられます。

どちらも大切な事であるため、そのバランスを見極めるのは難しいのですが、企業として避けなければならないのは、蓄積した資金を無駄な投資に投じる事です。

そして投資家が避けなければならないのは、そのような企業に投資をしてしまう事です。

先述のとおり、企業が蓄積した利益は株主のものです。それを無駄な投資につぎ込まれたのでは、自分のお金を勝手に変なことに使われているようなものです。

では、無駄な投資とはどのようなものかと言うと、大きく分けて以下の4つが挙げられます。

  1. 本業との相乗効果が期待できない企業の買収や新規事業への投資
  2. 関係企業等との株式の持ち合い
  3. 投資目的有価証券の大量保有
  4. その他、投資に見合うリターンが見込めないものに対する出資

1.については、長期的な戦略に基づいてなされた投資なのであれば将来の成長に結びつくのかもしれませんが、それが良い投資であるのかを判断する事は困難です。また、「大きい事は良い事だ」と言う事で、明確な戦略がないままにあちこちに手を広げてしまうと、多くの場合、その企業の本来のビジョンやミッションを見失い、結果として何が本業なのか良く分からない中途半端な企業になってしまいます。

そのため、本業との相乗効果が見込まれるものに絞った投資をしている企業が良いでしょう。

企業がどのような事に資金を配分するかは、結局のところ、その企業の経営トップの考えに依存します。こればかりは、経営に影響を及ぼせる大株主でもない限りどうしようもない事であるため、せめて、企業のホームページ等から中期経営計画を確認したり、経営トップの人柄や考え方を出来る限り調べましょう。なお、このような定性的な分析の方法については、定性分析で詳しく書いていますので、参考にしてみて下さい。

4.貸借対照表を分析する上での2つの注意点

注意点1 現金が少ない企業は、各種比率が安全であっても投資はしない

これまで何度か述べているとおり、企業に何かあった時、頼りになるのは現金です。そのため、企業分析を通じて各種比率から安全と判断出来そうな企業であっても、現金を着実に積み上げられていない企業への投資は、避ける方が良いでしょう。

例えば、安全性を分析する代表的な指標である流動比率、当座比率、固定比率、固定長期適合率、自己資本比率の5つのうち、当座比率を除く全ての比率が安全圏に入っていたとしても、現金及び現金同等物の保有割合を示す当座比率が安全圏外であれば、投資は控えるべきです。

このような考えは、保守的すぎるかもしれません。しかし、中・長期での投資を検討するのであれば、現金を必要なだけ常に保有しているかどうかは極めて重要な判断材料であると考えます。

いつの時代も、株価は上昇する時は緩やかですが、下落する時は瞬時に暴落し、それが一定期間継続します。人は、利益を得る事よりも損失を回避する事を優先する傾向があるため、利益を得るためにはある程度腰を据えて気長に待つ事が出来ても、少しでも損をする可能性があると、我先にと保有株を売って損失を回避しようとするからです。

株価下落の要因は、企業の業績低迷や不祥事である事もあれば、全般的な景気後退局面である事もあります。いずれの場合においても、一度下落し始めると、ある程度の期間は下落基調が続く事を覚悟する必要があります。そして、その苦しい期間も企業が事業を継続するには、その企業がどれだけの現金を保有しているかが重要であり、このような場面において、財務面での真の安全性が問われます。

業績回復の兆しが見えるまでは、収益は減っても支出は減りませんので、それに耐えられる資金力があると言う事が、投資家にとっては何よりの安心材料になります。

元本の安全性を保つと言う事を優先するのであれば、投資判断は保守的過ぎるくらいが丁度良いと言う割り切りも必要だと思います。

注意点2 各種比率を見る際は、数値だけでなく中身も必ず確認する

ここで紹介してきた各種財務比率は、極めて簡単に算出できます。比率を算出する上で必要になる主な数値は、貸借対照表を構成する流動資産、固定資産、流動負債、固定負債、純資産それぞれの合計額のみであり、その内訳を細かく見る必要はありません。

しかし、貸借対照表に示されるこれらの数値は、あくまでも一時点における資産の合計額を表したものに過ぎないため、各種財務比率を算出してそれらを眺めているだけでは「なぜ、その数値になっているのか」までは分かりません。

例えば、ある企業の自己資本比率を算出した結果、70%だったとします。この場合、総資産に占める純資産の割合が7割を占めているため「安全性は高い」と判断出来ます。しかし、もしかすると、その企業の純資産の大部分が資本金で占められており、利益剰余金はほとんどないかもしれません。その場合、その企業は利益を生み出す実力がない可能性が高いです。

また、総資産の30%を占める負債についても、その多くが短期借入金によるものであれば、企業の資金繰りは悪いと言えるでしょう。

このように、自己資本比率が高くても、それだけで財務面から問題がないと判断する事は出来ません。もちろん、他の比率にも同様の事が言えます。

この記事で書いてきた内容を毎回きちんと確認していれば問題ありませんが、ある程度慣れてくると、どうしても面倒になってきます。そして、最終的には証券会社等が提供しているスクリーニング機能を使って比率の確認だけを簡単に行い、その結果に基づいて投資をすると言った事にも繋がります。

証券会社等が提供しているこうした機能は便利であるため利用する事は良いと思いますが、あくまでも1次スクリーニングとしての機能であると割り切り、気になった企業は自身で貸借対照表やその他の財務諸表をきちんと確認し、納得した上で投資をする事が大切です。

おわりに

貸借対照表から分かるのは、その企業が資金をどのように集め、それをどのような資産に変えて事業活動を行っているかと言う事であり、貸借対照表の項目を見ていく事で、その企業の財務面での安全性が分かります。

しかし、貸借対照表だけでは、その企業が保有する資産を有効に活用出来ているのかと言う効率性、企業の実力である収益性、さらには、今後も安定して成長するのかという成長性までは分かりません。

そのため、貸借対照表を分析する際は、損益計算書やキャッシュフロー計算書も合わせて確認し、それらの関連性を考えながら総合的に企業を分析する習慣を付けましょう。

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